ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

雌伏(しふく)の時を経て:(2)家族編

Bike before curve

雌伏(しふく)の時を経て:(2)家族編

前回の復帰記事で、予告を書いておいたおかげで、間髪入れずに2本目にゆける。
今回は、「人生のミッションがアップデートされたこと」と「新しい家族」について。

ぼくは物心ついたころから、人生において家族を幸せにすることが何としても成し遂げなければいけない使命だという考えがある。目の前の身近な人たちの幸せを通じて、社会や世界を良くしていく、というのが自分に合った考え方だ。逆に言えば、目の前の身近な人を幸せにできなくて、社会貢献や世界をより良くすることに本気になれそうにない。両立できるとベストだなぁとは思う。良し悪しはないので、ぼくはどちらかといえば、目に見えない世界よりも、目の前の半径3mくらいが大事というだけだ。

使命というのは、スピリチュアルな世界では、前世のカルマや現世のテーマ・運命、人生の意味や目的といった深い意味もあるが、よりライトに言うのであれば、「自分らしく生きる」うえで、充足感や満足感を得られる中長期的な目的意識、といったところだろうか。それは、「WHAT」ではなく「WHY」にあたるもので、自分にしかわからないものであるし、人生のフェーズによって常にアップデートされるものであってよいと思う。

当然、家族だけでなく、仕事を通じて成し遂げたいこと、実現したいビジョンもある。前回の記事に書いたとおり、世界を変える一員になり、社会を作っていきたいと思っている。
ただ、ぼくにとっての家族は、世界平和よりも何倍も大事なことで、そのあたりをヘビーにならない程度に書いてみようと思う。

ある一人の男の物語

一部フィクションです。

最大の財産

愛知県の片田舎で、「世界」を夢見ながら育った。インターネットに落ちている情報も限定的で、いまでは想像がつかないほど情報がなく、常に最先端の知識や意見に飢えていた。宇宙、脳科学、生理学、哲学、言語学、投資、小説といった色々な分野の知識・物語に触れながら、よく「世界の真理」に思いをはせたものだ。早く大人になって自分の世界を切り拓きたいと毎日毎日考えていた。将来は人類の知のフロンティアを開拓するような仕事(研究者に限らず臨床医やエンジニア、テックベンチャー、起業家等)に就きたいと思っていたし、自分なら世界で伍するような大物になれる、と根拠のない、とてつもない大きな自信を持っていた。
この自己肯定感・自尊心が、なによりも人生の財産になっていると感じる。育ててくれた両親に感謝しかない。

最大の呪縛

一方で、お金に関して非常に苦労する環境で育った。家業は、自営業で紡績工場をやっていた。ザ・一次産業なのでこの時代儲かるはずもなく、ぼくが中学時代に工場は閉鎖された。祖父母の支援で何とかなっていたが、家計的にはかなり綱渡りの生活だった。子どもながらに目を背けたい場面や両親の姿を見てきた。祖母は、会うたびに、ぼくへの期待を泣きながら訴えていた。
この期待が、重責になり肩に重く重くのしかかっていると感じる。呪縛である。

外伝

学のない両親と祖父母が何とか教育に投資してくれたおかげで、地元の公立小中高校から東京大学に進学した。実は進学にあたって、あらゆる道を断ち切って、最後の最後で強引に4年生の大学に決めた。ぼくには、他にもっと世界に羽ばたく道が明確に見えていた。切符も手に入れていた。にも関わらず、最短で就業し家族を養う道を選んだ。妥協とは言わない。何年も温めてきた自分のプランだったから満足感すらあった。

大学時代は週5でバイトをして、何とか生計と遊びを両立していた。自分の下宿先に弟を泊めて、受験直前に勉強を教えた。バイト終わり夜23時に徒歩で2-3km歩き、上京してきた妹の受験勉強を教えて、午前3時帰宅後に自分のテスト勉強をした。
弟妹は2人とも医者になった。いまでも元気に頑張っている。

就職1年目から家族を扶養に入れた。仕事に打ち込み、身の回りの世話をお願いするという名目で、広めの家に母親と妹を住まわせた。妹が独り立ちするほんの数年前までの話だ。
「なぜそんなに頑張れるのか?」とよく聞かれるが、割と本気で死ぬ気でやっているからである。いまはそんなことはないけれど、20代で体のあちこちに弊害が出ていたし、寿命を削っている実感があった。自分の不甲斐なさに拳を握りしめ、シャワーを浴びながら慟哭をあげたことも1度や2度ではない。メンタルにきていたこともあるが、覚悟で乗り切った。それだけ負けられない理由があるから、ぼくが頑張っているのである。
長兄としての責任を果たすことが幸せだったのだ。


これが、このブログで書かれていないサイドストーリーだ。
世のなかにはもっと酷い家庭環境にありながら、もっと成功している人もいる。
珍しくも面白くもない話なので、身近な人にも断片的にしか話してこなかったし、上記に書かれていないエピソードもまだまだたくさんある。



祖母の他界

3年前の春先、3月に本家父方の祖母が他界。そして、梅雨明け間もない初夏、母方の祖母の長い長い闘病生活が終わった。
短い間に、ぼくの人生に絶大な影響を与えた2人が他界し、個人のなかで人生の一区切りがついたように感じる出来事だった。

ふたりは対照的だった。
ひとりは自分が元気で自由奔放に孫に甘く、
ひとりは自分が病弱でも質素堅実に孫に厳しく。

ふたりは共通点があった。
ふたりとも、最後は、自分の兄弟、子、孫、ひ孫の4世代合同での心のこもった家族葬だった。

東京に上京してしまい、会う機会も少なくなった孫へのメッセージは、毎度、決まっていた。

『おまえは、自分の人生を生きろ。』

『孫の世代、みんなで仲良くやれ。』

葬儀を済ませて東京に戻ったとき、ふと両肩が一気に軽くなった。
頭の霧が晴れ、世界が彩を取り戻した。1つ1つの風景が、鮮やかに見えるようになった。
土地の問題や両親の老後など頭を悩ませる問題は、何も解消できていないが、なぜか呪縛が解かれたのである。
墓参りや寺に行く度に、2人の祖母を身近に感じることができる。

そろそろ自分も次のステップに進むことができる気がした。
結婚、出産、転職、引越し、投資、など、目の前に無数の選択肢が広がった。
その中から、温めてきたプランを1つずつ実行していった。


新しい家族

弟妹が独り立ちし、自分にも新しい家族が増えた。むかしから妙な予感はあったが、国際結婚だった。
血筋や人種よりも、彼女の生きる逞しさに感服し、なによりも手料理に胃袋をつかまれた。自分にはない直観力も素晴らしく、語学も4ヶ国語話せる。キャリアウーマンではないので、ぼくの仕事についてもよく理解していない。それが気楽でいい。

正直、守るべき人が増えたのか減ったのかよくわからない。
ただ、以前よりも、随分軽く感じるのは長年のウェイトトレーニングのおかげか。
きっとこれから重くなっていくのだろう。父として責任を果たすのは、これまた快感である。


ミッションの更新

正確に言うと、まだミッションのアップデートは完了していない。
いま、自分のなかで、ミッションをアップデートする作業が進行中だ。
具体的には、未来を形作るための様々なピース(概念)が渦巻いている状況だ。
無理に言語化するよりも、このまま意識を置きつつ漂わせ、もう少し時間をかけて本質を抽出した方が良い気がしている。
その間に現実に変化が起こるだろう。違った景色が見えてくると、感じ方も変わってくる。その変化の真っ最中だ。

それでもピースの一部を、散文的に書き残しておこうと思う。

産業単位での変化の流れ。

90年代。バブルがはじけ、日本の一次産業(主に生産拠点)が海外シフトし、家業は衰退した。周辺一帯の同業種も、軒並み閉鎖していた。残ったのは、トヨタグループの恩恵に預かった取引企業のみだ。いまでも地元は人口が増え続けている。
00年代前半。孫さんが仕掛けたADSLモデム無料配布をきっかけに、日本のインターネットインフラが全国あまねく一気に整った。そして大学時代には、日本のインターネット業界が開花した。Web2.0のブーム期に、第一世代が誕生し、そして衰退した。
00年代後半。就職直後にリーマンショックが起き、日本の大企業の経営層が世代交代し、積極果敢に海外展開や事業構造の転換にまい進した。アベノミクスにより日経平均が2万円を回復したのも記憶に新しい。ぼくが子供のころには、8,000円台を付けていたというのに。
10年代前半。インターネット業界に話を戻そう。その後、業界はスマホシフトによって大きく業態転換し、新しいプレーヤーも増えた。数少ない国内成長産業であるインターネット業界に、既存業界から優秀な人材の流入が増え、エンジニアの報酬体系も一気に見直された。
失われた20年と言われるなかでも、これだけの大きな産業単位での変化が起きた。目を凝らせば、もっと色々な業界で大きな変化の流れを見ることができる。

偶然にも、ぼくは一連の変化を体感する場所にいた。そして、そのすべてで無力感を感じていた。いまなら、変革の一翼を担えるだけの力がある。


日本から世界に。

ぼくの幼少期から、「人口減少」と「高齢化社会」に向けた警鐘が鳴らされ続けてきた。10年以上前に、そんな日本の将来を前向きに解決しようと「課題先進国、日本」と命名したのは、元東大総長・小宮山さんだ。ただ、社会に蔓延する競争ルールが変わることはなく、これまでの延長線上で欧州、米国、そして、中国といった外ばかりに目を向けていて、本来取り組むべき課題から目をそらし続ける社会になってしまった。

その間にも、テクノロジーの進化は止まらず、世界は変化を続ける。

いまぼくの手元には、小学校時代の中日新聞の切り抜きがある。
日本の中小企業が抱える「事業承継問題」についての大きな記事だ。経済産業省の試算では、後継者のいない中小企業の廃業が加速し、約650万人の雇用の喪失と、GDP22兆円の損失になるという。現実は、そんな単純計算にはならないと思うが、真剣に考えるだけのインパクトある数字だ。最近では、中小企業専門のオンラインM&Aマッチングサービスが活況だが、事例を調べるほどに、中小企業経営者の腰は重く、本来、届けるべき人たちにサービスが届いていない。さらに、焼け石に水どころか、アフィサイトの売買を典型に、本質的な解決から遠ざかってきている。

ぼくがコンサルティングファームに就職したのも、実はこの問題意識からである。長年関心が持続したのは、家業の廃業による自分自身の経験が大きかったように思う。雇用650万人分ということは、家族まで入れるとその2.5~3倍のインパクトがある。視点を地域経済に広げれば、さらなる負の連鎖が容易に想像できる。
そこで、自らが事業承継の買う側に回るもよし。農業の六次産業化に取り組むもよし。効果は小さいかもしれないが、この問題解決に貢献する手段は、いくらでもある。いま経営している会社の事業を拡大していくことも、1つの手段になり得る。ほんの30-40年後には、自分が高齢者層に属してしまう。時間は短い。


場所や手段は何だっていいんだ。要は自分がそこに目掛けて物事をマネージしてゆけばいい。
だから冒頭に書いたように、「WHAT」ではなく「WHY」が大事なのだ。
言い換えれば、世界や社会に対するアジェンダセッティング、さえできれば、具体的な解決策や手法はなんとかなるということが言いたいのである。
だから、近年蔓延する「好きなことをして生きていく」という論調とは、似て非なるものだと思っている。
産業レベルの解決に届くかどうかわからないが、とりあえず試しながら軌道修正していく方針で、動いてゆきたい。


Live my own life.

自分の人生を生きているか?と言われると、ここまでの道のりは平坦ではなかった。
大前提として、いまの自分は割と幸せな方だと思う。その実感がありながらも、まだ自分だけの人生に振り切れていないのも事実ではある。そもそも、人生って、自分だけのものなのか。
目の前の人を幸せにすること=幸せ、であるし存在意義でもあるから、必ずしも自己中心的に生きることが幸せとも限らない。

勝手に染み出す思考・言動のクセが「自分らしさ」になり、社会やコミュニティに貢献できるだけの価値を生み出せるものがある。

あとは、それを自分で「自分らしい」と思えるかどうか。それに尽きる気がしている。
人間の認知は、環境からのインプットで簡単に影響される。小さな成功体験を拡大解釈し、自己正当化することもあるだろう。
だから1歩踏み出すことに価値がある。


Live my own life.

自分らしく、生きよう。

なりたい、を叶えよう。

あるべき社会、を作ろう。

ありたい世界、を実現しよう。



次は、健康編です!
もうここからは軽くなるはず。





雌伏シリーズ;

仕事の変化(Business, Work, Vocation)

  1. たくさんのハードシングスがあった。
  2. 沈黙の裏で起こっていた、激動の5年間を振り返る。

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家族の変化(Family)

  1. 人生で果たすべきミッションが、アップデートされた。
  2. 新しい家族の話もある。

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健康の変化(Physical, Health)

  1. 食事、運動、睡眠、人間ドック、そして、心のメンテナンスについて

yo4ma3.hatenablog.com



スピリチュアルの変化(Spiritual)

  1. 昨年には、半年かけてエグゼクティブコーチングを受けて、自分の内面を掘り下げる作業もした。
  2. キャンプ・アウトドアにも目覚めて、自然に浸る喜びを感じるようにもなった。
  3. 前述のとおり、神仏の世界や、人生哲学についての勉強をしていた時期もあるし、一定の視点を育てられたように思う。

yo4ma3.hatenablog.com



知性の変化(Mental)

  1. 最近、家の積読を整理していて、何の気なく手に取り読む本すべてがドンピシャに当たっているので、少しだけ紹介しようと思う。

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お金の変化(Finance)

  1. お金と資産形成のお話です。勉強する前の若き日の自分に向けて、ポイントを羅列してみました。

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人間関係(Social)
(人間関係編に書きたいこと)

  1. んー、一番薄いかもしれない。この領域は自分として最も関心が薄いんですよね。