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ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

グローバル人材:それでも英語を習得したい人へ

Consulting work / 仕事

yo4ma32012-01-08
少し前になりますが、マイクロソフト日本法人・元社長の成毛眞さんの著書「日本人の9割に英語はいらない」が流行りました。それでいて、例年どおり(?)、年末年始にかけて、各所でweb上で学べる英語教材や英会話スクールに関するエントリーも話題になっていました。ブログ「My Life After MIT Sloan」のLilacさんも連日、企業のグローバル化やグローバル人材に関する熱いエントリーを重ねています。
僕は、こうした英語関連の記事が定期的にホットエントリーに上がることに、毎回、ちょっとだけ違和感を覚えるので、そのことについてエントリーにします。


「英語って、皆が焦るほど本当に必要なの?」


という疑問に、答えてゆきたいと思います。
結論から言うと、僕は「まずは英語よりも、伝えたい中身を洗練せよ」という立場です。先の成毛さんに近いかもしれません。まぁ「タマゴが先か、ニワトリが先か」という問題だと思いますから、Lilacさんに真っ向から反対するものでもありません。

  • (タマゴ?)日本企業のグローバル化には、日本人が英語で自国の文化・歴史等の教養含めて、問題なくコミュニケーションをとれるようになることが必要不可欠だ

この意見が正しいと同時に、

  • (ニワトリ?)日本企業にも優秀な人材があふれるほどいて、必要あらばいくらでも言語は身に付く。現に、そうやってこれまで海外で活躍する日本人が生まれてきた。むしろ、お尻に火がつく前に、企業が本気で世界を目指す明確な意思が必要不可欠だ

こちらの意見も正しい。個人の能力も、企業としての意思も、どちらも必要です。
巷でオピニオンを発信している人は、その人なりの立場に基づいて、どちらかをポジショントークとして使い分けているだけだと思っています。僕はあくまで、個人的なポリシーやいまの立場からすると、順番の問題で、どちらかというと後者の比重が高いかなと思うだけです。

英語に対するスタンス

最初に告白しておくと、僕は英語が特によくできるわけではありません。が、代わりに、特段、苦手意識も持っていません。人並みに苦労しながら、どうにかTOEIC800〜900点くらいまで漕ぎつけた人間です。そして、外資系企業に勤め、プロジェクトワークの中で英語が必要となる場面では、Broken English で強引にコミュニケーションを取り、何とかワークしています。そんな立場の戯言と思ってくださって結構です。
皆さんと同じように、年末年始は、僕自身も少しずつではありますが、英語の勉強をしていました。それは当然、日常業務として必要最低限のコミュニケーションスキルを求められるからで、今後のキャリア形成においても英語に関するスキルが基本要件として求められているからです。(TOEICの点数と、実際に使えることの差は大きいですからね。。。)
それでも、ずっと昔から、英語に対してそこまで高いプライオリティを置いてきませんでしたし、その考えはいまでも変わりません。必要と思われる程度に、淡々と訓練するのみだと受け入れています。そこまで皆が皆、目の色変えて熱くなるほどでもないかと。もちろん、将来的に、海外に軸足を置いてビジネスに関わることも視野に入った上での態度です。

なんで英語をそこまで重視していないのか?

こうした考え方の背景には、いくつかの前提となる思想があります。

  • 何よりもまず、基礎体力としての圧倒的な思考力をつけるべき

新年早々、NaverまとめやTwitterからこのエントリー(“「物事を、きちんと、深く、考えられる」人になるために”)がアクセスを集めています。日ごろ、「思考力を高めること」について課題認識を持つ人が多い証拠かと思います。
よほど器用な人、才能豊かな優秀な人でないと、語学を習得しながら、思考力を高めるのは至難の業です。
酒井譲さんは、ブログで以下のような「イマージョン法」というものを紹介していますが、さすがに上位の層を見すぎではないかと思います。

当然、英語学習のために取っている時間を、他のスキルを習得するために使うという発想(機会費用)があります。そもそも、英語だけできても仕方がないわけで、英語よりも、まずはビジネス・スキルをしっかりと磨くことが重要という考え方には、説得力があります。
ただし、この考え方は、英語の学習とビジネス・スキルの学習は、それぞれ独立した存在であるという前提が正しいときに、特に際立ちます。しかし、学習理論の世界には「イマージョン法」というものがあり、英語とビジネス・スキルを同時に学ぶという発想があります。

英語。例えばそれは、南国の美しい島のように。 : NED-WLT

少なくとも僕には無理だなぁという見立てで、何よりもまず、「経営戦略」という難解なテーマについて、日本語でもって圧倒的なバリューを出せるだけの思考力を身に着けること、を第一目標としています。語学は第二優先で、継続的に訓練をしています。
言い換えると、「思考力」がすべての根幹となる必須能力だと考えているわけです。

  • 第二言語で思考するには限界がある

英語に慣れてくると、英語を英語のまま理解して、その言語でもって思考できるようになります。それでも、思考のスピードや正確さにおいて、母国語にかなわないことは、教育関係者、言語論学者の論をまたずして、広く理解されていることでしょう。
圧倒的な思考力をつけるためには、英語ではダメなんです。実感として。

  • もっと言うと、表意文字である日本語(漢字)の方が、短時間で深く思考する言語として優位

もちろん、日本語の婉曲的な表現や、阿吽のコミュニケーション慣習が弊害となり、英語に劣る部分も多々あります。学問を体系立てて学ぶ際には、英語で書かれた原著にあたる方がわかり易いことも事実です。
それでもなお有り余るメリットが日本語にはあると思います。
1つは、視認性が高いこと。視認性は、漢字に由来するものです。説明は不要でしょう。
もう1つは、直観的に認知できる概念の幅・深さです。認識論・言語論では、英語よりも日本語の方が、言語として表現の揺らぎや、概念の伝達の揺らぎが多い言語として認識されています。(文化を含めて、)内包する意味合いが豊かなんですね。
そのおかげで、「文章」では、時間当たり(文字数あたり)の情報伝達量は、日本語というか漢字の方が圧倒的に多く、また、使い慣れた人にとっては、直観的に理解がしやすい言語です。私の知人の外国人でも、「漢字を覚えると日本語の方がはるかにわかり易い」と、漢字の表現力の豊かさをうらやましがっています。
(*逆に、会話では英語の方が情報伝達量は多いとされています。また、単語によっては英語の方が豊かな意味で、ストレートなものもあるのは確かです。)
実際は、伝達者と、受け手の言語構造の豊かさにも依存するので、一概には言えませんが、ある程度の教養があれば、複雑系を複雑系のままとらえ、思考を深めてゆくためには日本語の方が優位にありそうです。

(もう少し、まじめな話)日本型グローバル企業のあり方

日本企業の経営イシューとして、グローバル化の流れが不可避となったのは、いまさら感もありますが紛れもない事実です。生産拠点や販売先が海外にシフトするなかで、企業を構成する人材が、人種を超えて、文化を超えて、意思伝達を図り、戦略を実行に落としてゆくことが求められます。そのために、「英語が使えて、かつ、仕事ができる人材」という意味で、「グローバル人材」が求められてくるのは、必然の流れです。
しかし、そこで「人材のグローバル化に舵を切るべきかどうか」を結論付けるためには、順を追って検討しなければなりません。一気に二元論で語るのは、短絡的と言わざるを得ません。


国内市場が世界の中で上位1〜3位の規模にある業界は多数あります。これらの業界で、国内の売上比率が、一気に50%を切る例は特例中の特例です。よほど、国内市場の競争環境が激しく、荒れ果てている家電業界くらいではないでしょうか。ちなみに、自動車メーカーも海外売上比率が高いですが、市場は新車販売台数ベースで、世界:8,000万台弱、日本:300万台弱と5%にも満たない、圧倒的に日本市場が小さい業界なんですね。
また、海外市場とはいえ、国をまたぐ以上は、別の市場と考えるべきで、現地の文化・風土に根差した消費者行動に理解のある現地人材を登用し、グローバルに束ねてゆくような形が、今後の企業の1つのあり方だと考えられます。
とした場合、あくまで、日本企業にとっての経営課題は、国内市場でいかに収益を確保するか。加えて、海外市場では、現地での事業開発の主導的役割&橋渡し役を果たす日本人のグローバル人材の比率を高めつつ、同時に、日本人以外の優秀な現地人材を確保し、企業に貢献してもらえる形を、いかに作りあげるかが課題となります。
ユニクロや楽天に代表される英語公用語化の動きは、あくまで、5年後、10年後のビジョンに照らしたときに、兆単位の売上純増を実現するための手段として、外部登用だけではまかなえないために、日本人のグローバル化を劇的に推進すべく採った手段だと理解しています。
逆に言えば、飲料・食品に代表されるような国内での成長余地が見込める業界においては、そこまでドラスティックな変革を取らずとも、国内・海外の両輪で成長を実現するストーリーを描けるのではないかと思います。或いは、成熟業界においても、業界再編の余地、技術革新による新たな需要創出の余地、生産性向上によるROI向上の余地など、まだまだ工夫すべき点が多くあり、それが企業の成長に資するものだとみています。(これだけ内需が大きいわけですから)


国内だ、いや、海外だ、という二元論で片づける前に、日本企業がそれぞれ置かれた立場と、今後の成長ビジョンによって、それぞれが必要とする組織・人材マネジメントのあり方を検討する必要があることを忘れないようにしたい。こうした事情を理解した上での課題提示ならよく理解できますが、ばくっと「日本企業」とまとめられてしまうと、誰にも当てはまらない宙に浮いた議論になってしまいます。


とは言え、おおむね、全体の論調として、日本企業のグローバル化のために、人材のグローバル化が必要である、という論調には賛成します。たとえば、伊藤忠では入社8年目以内の全社員を対象に、2ヶ国語を習得させるグローバル人材育成プログラムを導入していますが、今後の商社の役割を見据えたときに、健全な危機意識でもっていち早く動いた良い例だと思います。また、自動車やスポーツ用品などの道具系(機能商品)産業では、国内市場が年率5〜10%で縮小する厳しい環境にあり、一刻も早く、海外、特に新興国市場での事業拡大に迫られているのも事実です。
また、個人として、英語スキルを差別化の源泉としたキャリアプランを描くこと、或いは、やりたいことを実現するための手段として、英語でのコミュニケーションスキルが求められるならば、当然、最初に挙げたようなエントリーを参考に、一層の訓練に励むことに賛同します。現に、採用/転職市場では、企業の求める人材要件に「英語」が入るものが、ここ数年で倍増していると聞きます。
ただ、何度も言いますが、企業の置かれた環境と採るべき戦略によっては、必ずしも言語が必須ではない場合も多分にあります。むしろ、今後の経営を担う人材として、グローバルな視点も踏まえた思考力や胆力のある“光る”人材を求めている場合も多いでしょう。


これだけ内需のある日本だからこそ、「日本型グローバル企業」のあり方を模索しなければなりません。そして、真のエクセレントカンパニーになるためには、日本人だけでそれを実現する発想から脱却し、現地でいかに優秀な人材を確保できるかが鍵となります。
折しも、Globis堀さん主催・G1サミットの「Entrepreneurship in Japan and Asia」セッションの最後には、日本企業がグローバルで成功するための秘訣として、「現地で一流の人材を確保し、彼らを信用し、任せることだ」と説かれています。
(動画はこちら)

企業内で、こうした人材を抱えながら連携を図ってゆく。そのために、彼らとコミュニケーションできる日本人、彼らと一緒に事業をdevelopmentできる日本人が必要とされる。こういう文脈の方が、必要性としては説得力があるように思います。

世界中の優秀な人材とコワークするために

以上の考察で、「個人的な思想」と「日本企業の今後のあり方」を両方踏まえた上で、最初の疑問に対して「まずは英語よりも、伝えたい中身を洗練せよ」という考えを持っています。
極端な例ですが、サラリーマン金太郎のごとく、海外でも日本語のべらんめぇ調でもって、気合で押し切るコミュニケーションもアリなのではないかと思います。それくらいの気骨と、しっかりとしたロジックさえ持てば、あとは意思疎通の問題だと。
あまり悠長なことを言っていられないほど、グローバル競争において日本企業の劣勢が顕著になってきているのも事実なので、英語と同じくらいにロジックや思考力を武器に、世界で戦う人材が増えればいいなと思います。