ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

コンサルファームを辞めて、事業会社に転職しました

さて、FacebookTwitterでも、広くご報告させていただきましたが、
4月中旬を持って、4年間お世話になったコンサルティングファームを退職し、
インターネットメディア企業に転職いたしました。


既に新天地において、9営業日ほど働き、キャッチアップ期間を経て、早速アウトプットを出し始めるタイミングにきています。ホットエントリやNAVERまとめ(下記)にあるような立派な記事は書けませんが、区切りとして、記事に残しておきたいと思います。
(参考):「「退職しました。」系エントリーに学びが多い件」(NAVERまとめ)
http://matome.naver.jp/odai/2132023611765736801

プロフェッショナルファームで学んだこと

新卒で憧れを抱いて入社したコンサルティングファームでは、2つのことを学びました。


1つは、プロフェッショナルとしての「い・ろ・は」。


ファームで過ごした4年間は、学生時代に想像していたものよりも、何十倍も高い山登りで、何十倍もエキサイティングな日々でした。
世の中には、こんなに賢い人たちが、自分の何十倍も努力し切磋琢磨し真剣にビジネスのことを考えているのだ、ということを目の前で見てきました。
もちろん、「この人たち」というのは、ファームの人間ばかりではなく、仕事でご一緒させて頂いたクライアント企業の方々を多く含んでいます。


1つの山を登ると、隣にはもっと高い山が延々と聳え立っている。
その高い山に登ると、さらに地平まで続くヒマラヤ山脈が薄ら見える。
こんな錯覚を覚えるほどに、4年間、ぶっ続けでストレッチされ続け、高みを目指さなければならない世界です。
基本は、満足する、とか、手を抜く、とか、無縁の世界にあります。


「ファームでの1年間は、事業会社の3-5年に相当するよ」と言われますが、あながち嘘ではないな、ということを身をもって言うことができます。
理由はいくつもあります。
「スピード」
「プレッシャー」
「人材の密度」
「クライアント」
「プロフェッショナルとしての自覚」
「経営者の抱える悩み」
「戦略の時間軸・スケール」
「影響の大きさ」
など、成長カーブを3倍にも5倍にも加速させる環境が幾重にも積み重なる特殊な職場です。


何よりも「知らないからできない」は言い訳にならない、一切、甘えが許されない「プロフェッショナル」。
というか、誰も答えを知らないし、分からないから、誰かに聞くことさえできない。
そういうテーマに対峙する仕事です。


いまこの瞬間、自分以外のだれも考えれる人はいない状況で、何が何でも答えを出さなければいけない重責。
当然、途中で投げ出して、逃げたくなる気持ちと葛藤が生じます。
それを超えて、もう限界・・・の先の限界・・・の先の限界・・・まで、目いっぱい成長させて頂きました。


ドラゴンボールの世界でも、悟空がスーパーサイヤ人になるには、何度も死にかけることが必要だったからね。
そりゃ仕方ないのかなと思います。
だから、僕は、この4年間を総じて、こう呼びます。


精神と時の部屋


こちらでは4年間しか経過しませんでしたが、10-20年働き続けた密度がありました。僕の実感というよりも、クライアントのみなさんからの言葉です。
白髪も増えました。ストレス体制は格段に上がりました。脳みその皺もきっと増えてるでしょう。
いつか、クライアントの凄い人たち、ファームの先輩方に認められるような立派なコンサルタントになろう、と心に決め、我武者羅に頑張ったジュニア時代。気づけば、中堅どころとして、一流コンサルタントの第一歩目くらいまでは来たかな?と自分でも評価できるところにまで辿り着きました。


それでも、まだ『経営コンサルタント』なんて、軽々しく自称できるほどの境地にも立てていないのが正直なところです。
いちアナリストは卒業できましたが、プロジェクトを運営できる“力のある”マネージャー手前くらいのものです。
日頃から経営者の相談に乗って、心を割った話をし、場合によっては、案件として仕事を売ってくる。
これが本当の『経営コンサルタント』です。経営者から電話一本で呼び出される、会社の・人生の相談役なのです。
この意味では、日本でも、本当に経営コンサルタントを名乗れる人物は両手に満たないほどでしょう。


僕は、戦略を作ること、に関しては、まぁ一人前のレベルにあるのかもしれません。
経営戦略についてたくさん勉強しましたし、実際の戦略立案・実行の現場で、クライアントの方々と一緒に汗を流して、物事をドライブしてきました。経験の質と数だけで言えば、いっぱしのものがあるでしょう。
あるテーマに限って言えば、日本で数人に入るほど最先端まで検討した領域もあります。
クライアント企業においては、5年・10年に1度のテーマを、3ヶ月おきに繰り返し経験しているわけですから、まぁよほどのアホでないかぎりは成長できるのです。
実際のところ、プロジェクトでは20弱。携わった企業や国、事業領域でいったら、その何十倍も多くあります。


基本的に一緒に仕事をさせて頂いたのは、40代・50代で、一部上場企業の中で、次期経営幹部候補のエース級の人たちばかりでした。彼らとの知的格闘を通じて、企業のマネジメント層とは行かないまでも、部長以下のレベルならそこそこ戦うだけの力は身についていると思います。時には、役員・社長レベルにも、刺さる言葉を練り上げることも可能でしょう。
名だたる企業のエース級の方々と、毎日議論を重ね、時に、褒められ、時に、痛い指摘を受け、たった2ヶ月半で戦友のような関係を築かせていただくこともしばしばです。いまでも連絡を頂いて、飲みに行く仲の方も多くいます。
(ジュニアのころは、カラオケで40-50代に刺さる70年代・80年代歌謡曲もいっぱい覚えました。人生の諸先輩方と雑談するために、レストランやライフプランについても詳しくなりました。)
こんな経験をして、いまがあります。


また、何よりも、ファームの中でも、だれよりも真面目に、1つ1つを悩み・解決し・昇華し・応用し・ということを地道に積み重ねてきた自負はあります。
私生活が手につかなくなるほど、寝食を忘れて、没頭してきました。


「力が欲しい。」
「欲しいなら、くれてやる。」


僕が24時間・365日、思い続けてきた言葉です。漫画・ARMSの影響でしょうかね。
差し出していたのは何なんでしょう?いまでもわかりません。
とりあえず、命削りながら、毎日、勝負に出かける。そんな戦地に赴く気分になるときも、多々ありました。あまりに没頭していて、記憶が曖昧な時期もあります。夜な夜な泣きそうになりながら、頭を悩まし続けた経験は、1度や2度ではありません。


そんな4年間を経て。
あと10年やれば、『経営コンサルタント』と自信を持って名乗れるかな、その手ごたえと道筋は、なんとなく見えています。まぁ、知る人からすれば、どれだけ遠いか、理解してもらえるでしょう。
タイトル(肩書き)だけで言ってしまえば、上にはあと3つしかありません。4年で2つ昇進し、組織の中でちょうど真ん中のポジションでしたので、同じペースでいけば、5年とかからないでしょう。
それでも10年かかると感じるのは、『超一流』と『普通』の違いを知っているからです。


(注)
ファーム経験者の方々にも、いろいろいらっしゃいます。ファームによって、滞在したタイミングによって、アサインされたテーマやチームによって、などなど全然違う印象を持たれている方もいるでしょう。所詮、私の1つの経験談とご理解ください。
また、文中で事業会社とファームを対比するような表現がありますが、他意はありません。ファームでは、事業会社の下積み時代に学ぶべき大切なことは、すっ飛ばしていますし、どちらが良い/悪い、という話ではありませんので、ご理解ください。




そして、2つめの学びは、一生懸命に絞り出したバリューが、相手に伝わる喜びです。


コンサルタントの仕事に、正解はありません。
もちろん、クライアント内にも答えがないテーマばかりです。
世の中で、まだ誰も考えたことがない領域で、まったく答えがない暗闇の世界の中を、
クライアントのみなさんと一緒になって検討・議論し、頭を絞って、解を導いてゆきます。
これは、解を「見つける」というよりも、解を「作り上げる」という表現が正しいと思います。


新しいものを作り上げる。
その結果が、企業に浸透し、成果を上げるモーメンタムを醸成できる。
この一連の動きを高く評価してもらえること。


病みつきになります。


パッケージ化されたもの・モジュール化されたものの組み合わせだけで、新しいものを作った気になる、
答えが見えている中で、仮説検証だけ、それらしく理屈立てて処理してゆく、
こういうレベルでは味わえない、最高峰の知的興奮の世界があるのです。


当然、まったく新しいものばかりではありません。
アイディアは既存のものの組み合わせで生まれる、は真だと思います。
ただ、素材を世界中から探し出して、適した組み合わせを見つけ出すこと。
クライアント企業の置かれた文脈を解きほぐし、理解したうえで、本当に納得される最適な解を紡ぎだすこと。
その企業にとって、本当に必要な解を導き出すこと。
世の中で誰も辿り着いたことがないようなメカニズムを解明し、インサイトを導出すること。
皆がなるほど!と膝を打つ納得感を醸成するステップを、組織の力学を理解したうえで精緻に設計し、実行すること。


正解なんてあるわけがありません。
いろいろな解釈を含めて、信頼の上でもって、一緒に作り上げるからこそ、実効性を持つ戦略となります。


プロフェッショナル・コードとして、浸透している考え方には、さまざまあります。
「クライアント・インタレスト・ファースト」
「アウトプット・オリエンティッド」
「目に見える(タンジブルな)成果」
「持続的なインパクト」
「真の解(TrueNorth)」
「顧客企業の成長」
「最高のプロフェッショナルスタンダード」


すべては、顧客企業のために。


そして、その思い、熱量が伝わって、みなが望む変革が起きること。


成果をみなで分かち合えること。


これに勝る喜びはありません。


一生懸命やったことが評価されるから嬉しいんだ。褒められたから嬉しいんだ。
そういう普通の正のフィードバックの話ではないのです。


そこには、泥臭い人間関係があり、絶妙な心理変化の中で生まれる連帯感、信頼感。
一緒に同じ方向を向いて、突き進んだ成果の達成感。
いろいろなものが混じった「濃密な時間」が報われる。一緒に分かち合える。


1つの企業の、1人のビジネスマンの、ドラマ。


これを味わう喜びを知ってしまった。
もう普通の目標達成だけで満足する体には、一生戻れないでしょう。



以上、2つの学びです。




コンサルタントと、事業会社の戦略企画ポジションの違い

さて、転職後、すでに9営業日を経験したことは、先に書いたとおりです。
3ヶ月の試用期間、1ヶ月の引き継ぎ期間を設定されておりますが、そんな悠長なスピードで動いている組織ではありませんので、既に仕事の大部分を移管されて、トップスピードにギアチェンジし始めています。


その中で、コンサルタント時代と大きく違うな、と感じることが、1つだけあります。


それは、「プロフェッショナルとして働くこと」と「組織の一員として働くこと」のミッション・責任と権限の違いから生まれる、緊張感やプレッシャーです。


簡単に言ってしまえば、誰のために働いているのか、が違います。
プロフェッショナルファームでは、すべてはクライアント企業のために、働いてきました。クライアント企業の成長を通じて、社会や世の中に良い影響を及ぼすことが、組織のビジョンだったのです。
一方、いまの事業会社では、自分たちのビジョン実現・永続的な成長のために、働いています。1つ1つのアクションが、ダイレクトに自分たちの会社の業績にハネてきます。
どちらの緊張感・プレッシャーが重い/軽い、という話ではなく、まったく違う性質のものだ、ということです。


本当に創造的な発想をするためには、ある程度ストレッチされた状況で、極限まで考え切ることが必要不可欠です。
ファーム時代のそれは「良い意味で」、創造的な発想に必要な適度なレベルの緊張感・プレッシャーでした。
プロフェッショナルに対する期待値の裏返しとして、こうした緊張やプレッシャーを受けることは、慣れてしまえば適度に追い込んでくれる、必須栄養素のような働きをします。


ファームで、こうした働き方が許されるのは、3ヶ月おきにプロジェクト単位で働くことを前提にしています。
そして、期間限定で高額の委託料を支払って雇っているクライアントのみなさんからの期待値・プレッシャーは、絶大なものです。極端なことを言えば、仕事の進捗やアウトプットのクオリティばかりか、立ち振る舞い一つを取っても、逐一チェックされながら、「見られている」感覚で働いています。


プロフェッショナルファームのミッションが、クライアント企業に対する価値提供にある限り、この関係は変わりません。


一方で、事業会社では、一生、その組織・テーマ・人間関係の中で働くことを前提に、組織と仕事が設計されています。
会社そのものは、目指すビジョン実現に向けて、組織を永続的に成長させることをミッションにしています。そのため、働く人たちが、途中で燃え尽きてしまってはいけないので、働き方・価値観の多様性を認めつつ、いろいろな凸凹を吸収できるたけの許容度を持った組織づくりをします。


創造的な発想が求められる場合には、そうしたミッションをおった組織やポジションがありますし、どんどん外部のリソースを活用します。それこそ、ブティック系のコンサルティングファームやアーティスト集団で、素晴らしいところがいくつもあります。
必ずしも、ストレッチする意味で、緊張感やプレッシャーを与え続ける必要はないのです。


その代りに、事業のP/L責任が重くのしかかります。株主に対して、ビジョン実現と株主価値成長の責任を負っています。
また、そこで働く人の多くが、終身雇用を前提に、人生と会社を重ね合わせる形でライフプランを組んでいます。


この違いは、会社・組織の目指す方向の違いから生まれるのです。



とはいえ、いまの会社でどれだけ一生懸命に働いていても、ファーム時代の緊張感やプレッシャーと比べれば、ずいぶん軽くなりました。肩の荷が下りた感じが正直なところです。
お客さんのために仕事をしているのではなく、自分たちのために仕事をしているからです。


この違いは、とても大きい。


本当の経営コンサルタントを目指す『コンサルタント道』というのは、ある程度広い間口なのですが、求められる能力水準は、ずば抜けて高いために、非常に狭き門です。
自分が、そこを目指す道の上ににいない、というだけでも、憑き物がとれたかのような感覚を覚えるのです。
それだけ、事業会社でのキャリアプランは、幅広く、なんでもできる環境にあります。思い思いに自分の長所を生かしながら、補い合って成長できる。とてもワクワクしながら働いています。


以上。
会社の成り立ちから、自分のミッションに落への落とし込みを理解したうえで、
また違った楽しみの中で、日々、自分なりのバリューを出すべく精進しています。




これからのこと

いまの状況を率直に言うと、
「4年越しで、やっと、ネット業界に戻ってきたなぁ」という懐かしい思いと、
「いまの自分だったら、いろんなことができるぞー」というワクワク感と、
「まぁ、新しいプロジェクトに長期アサインされてしまったなぁ」という延長線上の感覚と、
いろいろなものが混在しています。


相変わらず、仕事が楽しい、ということだけは確かです。


仕事内容はコンサル時代とほとんど変わらず、その会社の経営戦略を検討し、社長以下役員陣に提言する立場です。
いまのところは。
テーマや業界が多少違うだけなので、端的に言えば、転職した実感がない、というのが実のところです。
いや、それだけ重要なポジションをいきなり任されている、と考えるのが正しいのでしょう。


同僚の年齢も若い。ファームの人間も若い人ばかりでしたが、ほとんど変わらないくらいの平均年齢です。
そこに、ネットベンチャーの風土が合わさって、非常に良い空気で仕事をさせてもらえています。
転職したところで、まったく違和感がありませんでした。
物理的に移動した引越しが、一番変化のインパクトがでかいかもしれません。


会社としては、想像した以上に、厳しい経営環境下で、難しい意思決定を迫られる局面に来ています。
キャッシュエンジンである国内の業績を再成長させながら、グローバルの垂直立ち上げを、トップスピードで実現する。
ウルトラG難易度の曲芸が求められています。ワクワクしますね。


また、外部の立場でモノを言い・組織を動かすことと、内部からモノを言い・動かすことには大きな違いがあります。インターネット業界のご多分にもれず、比較的若い会社なので、いままでお付き合いしてきた人とは、価値観も意思決定の仕組みも心のスイッチも違います。
そんな違いを楽しみながら、これまで4年間の成長カーブを、さらに加速させるべく、まずは任されたミッションに対して真摯に取り組んでいきたいと思います。


これからは、コンサルタントという立場から離れ、その会社の次なる成長ステージに向けて、国内およびグローバルの戦略立案・推進に邁進してまいります。


「日本発のエクセレントカンパニー創出」を目指します。


引き続き、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


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これまで、いろいろな方に迷惑をかけながら、ご支援頂いてきたことを感じながらも、コンサルタント時代は、こうした方々への感謝の気持ちを十分に表現する余裕がありませんでした。
この場を借りて、厚く御礼申し上げます。


僕は、いまでも、コンサルタントという仕事が大好きです。
苦労もたくさんしましたが、だからこそ、一緒に働いた同僚、苦楽を共にしたクライアントのみなさんと、また同じ体験を共有できないことが残念でなりません。長い人生のなかで、いつかご一緒できることを楽しみに。
それまで、一回りも二回りも成長した自分を見せられるよう、突っ走ります。


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本ブログについては、今後もコンサルタント時代の話や、新しい職場での話、ビジネスの話を書いてゆく予定です。