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ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

「わからないこと」が「できる」凄さ

先日、移動の車の中で、上司と話をしていたときに、


「わからないこと、が、できる、って、コンサルタントとして必要じゃん?」


と、何気なく彼が言ったひとことが頭にこびり付いています。
そう。活躍しているコンサルタントほど、いつもクライアントの奥深くの課題に対する、新しいテーマでプロジェクトを回しています。
同じ業界の同じ会社の同じテーマ、という再現性の担保された誰にでもできるプロジェクトなんてアサインされません。
毎回自分がやったことのないテーマにチャレンジしながら、自分を磨いています。


新卒1年目で右も左もわからない状況では、最初の1歩目すら検討がつがず、立ち往生してしまう状況に陥ることがままあります。
さすがに、2年ほどやった頃でしょうか。
一通りの戦略・組織・オペレーション・コストといったテーマを経験すると、「やったことがないテーマ」=「わからない」という状況も、圧倒的に減ってきます。
「土地勘」という言葉がある通り、業界知識のインプットは必要かもしれませんが、近いテーマのプロジェクトから何となく論点やプロジェクトの運用プロセス、クライアントの反応などを想像できるようになるものです。
ある1つのテーマのプロジェクトをやりながらも、その周辺テーマに対する思考も巡らせているので、知識・経験共に、「足し算」よりも「掛け算」或いは「等比級数的」に増えてゆきます。
僕自身も、それなりに経験を積ませてもらったおかげで、相当に守備範囲が広がってきた実感があります。
先に紹介した上司も、どんなテーマにしろ、時を遡れば、この守備範囲の幹となるようなプロジェクトテーマの「最初」があったはずです。


したがって、「超一級のコンサルタントと、普通に優れたコンサルタントの違いは何か?」と考えたときには、


1つの経験から、どんな学びを得ているか。


この違いの累積だと、一般的には考えられています。
先の例でも書いたとおり、等比級数的に学びを蓄積していって、自分の解決できるイシューのバリエーションを、どんどん増やしてゆくのが通常の成長プロセスだからです。


より具体的には、毎回毎回のプロジェクトから何を学ぶのか。みんな意識していることでしょう。
次、いつ、どこで、どんな壁にぶつかるのかわからない中、まったく同じ経験をしていても、何を血肉と化して、いざというときに使える技や武器として蓄えておくか、人によって千差万別です。
結果として、差がついてしまっているという事実は、この学びのプロセスで上手に立ち振る舞えたか否か、を現しています。
社内評価ではなく、クライアントからの評価であり、クライアントを通じて社会に与えるインパクトの大きさであり、生み出している価値の新しさであり、、、、差といっても様々ですが、事実としてあるわけです。


彼と僕との差はなにか?を考えたときには、上述のような学びのプロセスを含めて、


「そりゃ、経験(“引き出し”)の差だろう」


この結論に至るものです。特に、突き詰めて考えれば、考えるほど、圧倒的な経験量と、そこからの学びの差を痛感するものです。

経験の差/学びの差、以上の差

しかし、この考え方は、経験ベースの価値の生み出し方に依存してしまっています。


上司が言っていたのは、「わからないこと」でも「できる」、ということであって、
土地勘のない場所でも戦える、という意味だと理解しています。
経験量や、そこからの学び方の差だけではないんだよ、と聞こえました。


彼自身、いま現在もなお、新しい顧客の新しいテーマを掘り進める中で、自分の土地勘のない領域も多分に出てくることがあるのでしょう。
それでも、これまでの人生で見聞きし、体験し、感じてきたことを、総動員して考えを掘り進め、クライアントへのバリューを日々積み上げ、圧倒的な信頼を勝ち取っている姿を目の前で見ています。


彼の背中を見る中で、ここ最近は、「第六感」のような感覚で足場を決めながら山を積み上げていっている場面もあることに、何となく気付けるようになってきました。
その場で、過去の経験や日ごろの感覚を即興的に再構成し、新しい“引き出し”を作り上げていっているように見えます。


同じような姿を、僕は過去に一度見せてもらっています。僕の2人の師匠のうち、もう1人の方です。
当時の彼は、コンサルティングファームとは、まったく違う会社で、まったく違うことをやっていました。そして、その彼が、いまの僕の年齢のときに、超人的な価値を出しながら活躍しているのを隣で見ていたのです。いまだからこそ、思い出すたびに、その凄さがわかるようになってきました。


2人に共通しているのは、彼ら自身が「わからないこと」でも「できてしまっている」ことです。
前述の経験ベースの価値の生み出し方とは、まったく異なる価値の生み出し方をしているように見受けられるのです。


彼らの共通点を常日頃から悶々と探していたのですが、
ヒントは、「ヒトに対する洞察力」と「日本語の言語能力」にある。というのが、僕のいまのところの仮説です。

  • ヒトに対する、綿密、かつ、圧倒的な、霊感とも呼べるような洞察をベースにした、課題設定。
  • それらを優れた言語能力で、ピシッと言語化しながら、思考を掘り進めるスタイル。
  • 加えて、過去の経験を総動員しながら、即興的にその場でパフォーマンスを見せつける力。

いずれも、一般的に言われているような「経験の差」「学びの差」だけで片付けてしまうには、あまりに短絡的なものです。


今日はここまでですが、まだまだ個人的に掘り下げてゆくので、機会があれば続編をば。
では。