ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

日本の成長戦略を論じるなら、原発かクリーンエネルギーか、0/1の思考は辞めませんか

この記事「原発をやめてクリーンエネルギーに移行するのは日本再生の鍵にもなる」(My Life After MIT Sloan)を読んで触発されたのでエントリーにします。
記事では、Lilacさんが理想主義的な二元論ちっくにエネルギー問題を語ってしまっているために、米欄とブコメで反発をくらっていますが、ここまで明確にスタンスを取り切るのはアッパレという感想です。
具体的には、

  • ドイツの事例は、日本との前提条件の違いを明らかにして比較しないと意味が薄い
  • 女川原発の事例からもわかる通り、原発は技術的には十二分な水準にあって、運用面が問題であること
  • 残された道は、温暖化と資源枯渇のない「クリーンエネルギー」しかないというのは短絡的


僕自身は、原発“寛容”派です。
推進すべきは、クリーンエネルギーや別のエネルギー、或いは、日本のエネルギー需要マネジメントであると考えています。
Lilacさんに対する反論記事というよりは、元ネタを材料に進んだ考えをまとめておく趣旨で書いていますので、軽く読んでもらえれば幸いです。

ドイツの事例は、日本との前提条件の違いを明らかにして比較しないと意味が薄い

本当のところ、日本で洋上風力発電が普及しない原因は、日本特有の「台風」「津波」「落雷」に耐えうる強度設計を求められること、及び、それによる建設コスト(発電コスト)の増大/競争力のある価格提示が困難、という問題にあります。
また、例え技術的にこれらの問題をクリアできたとしても、ドイツが欧米諸国に対して先行者メリットを活かした技術輸出を行うことが可能であることに対して、日本の場合は、特殊な自然環境に対応した技術となってしまい、欧米諸国においてはオーバースペックになりがちであることがあります。
将来的な経済メリットが薄くなり、国策として大きく投資するインセンティブが削がれているのが実態です。
欧州でもてはやされた「張力・波力」発電も同様の構造を抱えています。
したがって、

「ドイツは地形的に風力発電がやりやすいんだ」とか、日本で出来ない理由を言う人は山ほどいるだろう。
でも、ドイツの最先端の研究所では、最も風力発電の効率が良い、洋上風力発電の研究が、実現に向けて行われている、と知ったら、言い訳はもう出来ないんじゃないだろうか。
(My Life After MIT Sloanより抜粋)


とドヤ顔されても、淡々と「いや、違うんです」と反論されてしまいます。ちょっと事例としては相応しくない。
再生可能エネルギーを議論するからには、ドイツと日本がおかれる自然環境(=前提条件)を比較しないと、折角のベンチマーキングしても、意味のあるインサイトが得られないということ。


もちろん、再生可能エネルギーへの投資に対して、それを促進するような思い切った政策的な誘導が必要であることは論を待ちません。
究極的には、日本は自身のおかれた環境を踏まえて、最適なエネルギー供給のポートフォリオを組むしかなく、ドイツに学ぶべきは、その政策面に焦点を当てた方が良いのではと思います。
私は疎いのですが、「仕組み」の面でアイディアを出し合う方が建設的な議論になるように思うのです。
(それでも、エネルギー業界関係者や専門家、政策担当者がドイツの事例を知っていながら、日本に活かせていないのは、政策の決定プロセスが抱える課題や業界構造など他にも問題山積みだからなのですが。。。)


その辺、金融的な知見と、政策的な知見、両方を持たれている専門家の方にお話を伺ってみたいものです。
戦略コンサルの仕事としても面白いかもしれません。


日本における再生可能エネルギーに関する技術的な取り組みは、以下にまとまっています。
ご参考までに。

http://www.nedo.go.jp/library/ne_hakusyo/index.html

  • NEDO 日本型風力発電ガイドライン策定事業の最終報告書

http://www.nedo.go.jp/library/furyokuhoukoku/index.html


女川原発の事例からもわかる通り、原発は技術的には十二分な水準にあって、運用面が問題であること

世界の世論は、一時的に原発推進派の発言力が弱まることで、抑制方向に押し戻されるのは確実です。

そもそも地震が多く、事故のリスクが高い日本では、長期的にも原発依存の政策をするのは困難なのが今回の事故ではっきりした。
(My Life After MIT Sloanより抜粋)

というのも正しい。
しかしながら、今回の事故から学ぶことができるのは「原発=危ない」という点だけではなく、「原発をより永続的に安定運用するためには、どのように改善すべきか?」という点もあることを見逃して欲しくありません。
事後対応の悪さから信用を失墜させた東京電力に対して、福島の2倍の高さの津波がきていた女川原発を運用する東北電力は、用意周到な設計思想と、迅速なリスクマネジメントによって、原発危機を回避することに成功しています。名前こそ取り上げられないものの、日頃からのリスク管理思想と危険時の判断と行動によっては、こうした危機にも対処できるということを体現してくれました。


そもそも、原発が常に燃料棒・廃棄物の冷却を必要とすることは、地震・津波に関係なく、構造的に抱えるマイナス面です。一方で、再生可能エネルギーは、安定供給という点でベース電力を担うには構造的に課題を抱えています。
リスクリターン見合いで考えた場合には、原発再生可能エネルギーもリスクを最小化する方向に知恵を絞り、より良い方を採用する、という思考態度は捨てたくないものです。
いつか東北電力がGoodケースとして、分析記事が出ることを期待しています。

残された道は、温暖化と資源枯渇の心配がない「クリーンエネルギー」のみだというのは短絡的

しかし長期的な化石燃料への依存は、化石燃料の寿命(石油40年、石炭140年など)や、地球温暖化問題、資源供給の問題からも困難なのは明らかだ。
資源問題が発生しないエネルギー源は、残るはクリーンエネルギー(再生可能エネルギー)しかない。
(My Life After MIT Sloanより抜粋)

ご承知のとおり、

  • メタンハイドレード由来の天然ガスの採掘
  • 低品位炭の改質
  • オイルサンドなど非在来型化石資源の活用

などなど、枯渇系の化石エネルギーにも新エネルギーに相当する分野がまだまだ数多くあります。
技術的な進歩によって、石油・天然ガスの可採埋蔵量も増え続けています。
これらを合わせると、「枯渇系資源」と言われながらも、50年、100年単位では枯渇しない、ある種幻想かもしれませんが、“サステイナビリティ”を持つと考える事もできます。(これを中長期と考えるか、は別の議論です)


また、CO2の回収、固定、貯留技術と組み合わせることができれば、京都議定書の削減目標額の修正も必要ないかもしれません。
理系かぶれの希望論者の意見のようにも見えますが、「短期的には火力に依存するしか無い」と思考停止するのではなく、新興国が牽引する人口増による世界的なエネルギー需要拡大と見合わせながらも、ギリギリのラインまで、こうした新エネルギー分野にも注目してゆくのが、妥当な思考態度だと思いますが、いかがでしょうか。


METI 技術戦略マップ2010
http://www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/kenkyu_kaihatu/str2010download.html#6http://www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/kenkyu_kaihatu/str2010/a6_1.pdf


環境省 平成21年度 再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査調査報告書
https://www.env.go.jp/earth/report/h22-02/index.html


So What ?

戦略とは捨てることなり。
とはよく言ったもので、今回のLilicさんの元記事も、戦略的な資源配分を論じる上で、まさに正論です。
日本再生の鍵になる、という趣旨にも共感を覚えます。


一方で、もし日本再生を歌うのであれば、エネルギー産業内での資源配分の視点だけでなく、
国内の主要産業を横断した視点を持った上で、今後、日本経済を成長させるために10年、20年の計で重点強化すべき領域(産業)を考えるべきです。
論点をもう一段上にあげようということです。そこから語らないとエネルギー問題に結論は出てこない。


とはいえ、最初に述べた通り、日本は、現実的に、「実現可能性」、「コスト競争力」、「将来的な経済メリット(波及効果)」などを見合わせて、再生可能エネルギーも、化石資源の新エネルギーも両方織り交ぜた、最適なポートフォリオを組むしかない、と思っています。落とし所として。
もちろん、LEDの普及や地道な節電活動、サマータイム、工場稼働の輪番制など、需要サイドのマネジメントも必要不可欠です。


METI産業構造審議会http://www.meti.go.jp/committee/gizi_1/24.html)でも昨年来議論されてきた通り、エネルギー分野以外にも「食」「ファッション」「メディアコンテンツ」「観光」を織り交ぜた『クール・ジャパン戦略』(現在進行形クール・ジャパン 官民有識者会議:http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/k_7.html)など、日本の成長戦略を担う分野はいくつもあります。「水」「鉄道」などのインフラ輸出も然りです。


自粛ムードからいち早く抜け出し、今回の災害を契機に、中長期的な日本の成長戦略を、皆が議論するようになれば面白いのになぁと思います。

追記

『日本の新成長戦略』が首相官邸HPにアップされていたので紹介します。
産業構造審議会での議論内容を踏まえて、省庁横断の視点から民主党政権が提示した国家戦略です。
資料作成を主導した経済産業省METI)は、その後、大臣が直嶋氏⇒大畠氏⇒海江田氏と3人目となりますが、インフラ輸出を筆頭に戦略の具現化に向けた動きが徐々に加速し始めている領域が多くあります。
一度、こうした国家戦略の大枠を頭に入れた上で、個別具体的な委員会や審議会の動きを眺めると面白いと思います。
http://www.kantei.go.jp/jp/sinseichousenryaku/