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ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

コンサルティング・ファームは「虚業」か?「実業」か?

yo4ma32010-08-02
自分なりの考えをまとめてみようと思います。普段、仕事をしているときは、虚業か、実業か、なんて悩んでいる暇はありません。全力投球で、チーム・バリューを最大化することに邁進しています。
それでいて、本エントリーのきっかけになったのは、昨晩、Twitterで「コンサルが虚業だ」という論議が盛り上がっていたことです。Twitter上で定期的に沸き起こる、お決まりの論争に、毎度、違和感を感じていたのは確かです。たまたま今回、ググってみたところ、Twitterよりも有意義なblogが多数あり、思考が誘発されたので、考えを整理してみることにした次第です。
各記事の論点は、以下のとおりです。(各記事の詳細は、最後にご紹介します)

  • 他人への貢献度が高いか、否か
  • クライアントが自分で出来るか、否か
  • 成果に再現性があるか、否か
  • 後に引き継ぐ人のことを、考えた仕事をしているか、否か
  • 価値が発生する"場"がサービス提供の場か、否か
  • 価値の測定ができるか、否か
  • 実行するか、否か
  • 作業内容を秘密にするか、否か
  • 成果が形に残るか、否か etc


上記は、いづれも良いポイントを付いています。むしろ、同じ対象物に対して、それぞれある一面を描写しているので、すべて正しいと言って良いでしょう。(僕の感覚とも一致します。)
これらを読む中で、ヘンリー・ミンツバーグ『戦略サファリ』の第一章に紹介される詩を思い出しました。

盲目の男たちと象
(ジョン・ゴドフリー・サックス)


インドスタンに6人の男たちがいた。
学ぼうという気持ちが強く、象を見に出かけた。
(全員目が見えなかったが)
じっくり観察すれば、心が満たされるだろう、とみんな考えていた。


最初の男は象に近づき、うっかり転んだ拍子に
大きくてがっしりとした脇腹にぶつかり、こう叫んだ。
「おやおや、象とは壁のようであるぞ。」


2番目の男は牙に触れて、大声をあげた。
「おお! これはなんと、丸くてなめらかでしかも尖っている。
わかったぞ、この象というものは、槍のようだ!」


3番目の男は象に近づき、手につかんだのが、
くねくね動く鼻だったので、大胆にこう言った。
「なるほど象とは、まるでヘビのようだ!」


4番目の男は手を伸ばして、ひざのあたりを熱心に触った。
「この不思議な獣は、まったくデコボコがない。
きっと象とは、木のようなものであろう。」


5番目の男が触れたのは耳だった。
そして、こう言った
「まったく目が見えなくても、何に一番似ているかよくわかるぞ。
間違いあるまい、この象という生き物は、うちわのようであるぞ!」


6番目の男は象に手を伸ばすと、
すぐにゆらゆら揺れるしっぽを掴み、こう言った。
「なるほど、象とは縄のようであるぞ」


それから、このインドスタンの男たちは、長いこと大声で言い争い、
それぞれが自分の意見を譲らず、言い張るだけだった。
それぞれ正しいところもあるが、またどれもが間違えているのに!

そこで、こう締めくくります。(ミンツバーグらしい!)

教訓
神学の論争ではよく起こることだが、
言い争う者たちは、よく知りもしないのに人の意見をけなし、
見たこともない象について、軽々しく論じる!

コンサルティング・ファームとは、こういう象のようなものなのだと思ってもらえれば良いでしょう。
そして、Twitterで論じている人たちが、この盲目の男たちであり、誰も全体像を見たことがないままに、一部分を捉えるだけで、自分の体験や妄想を安直に一般化し、批評しているように見えます。一方で、勇敢にも、blog記事でその実態の描写を試みた先人たちは、象の一部でありながら、何とか全体像を描こうと苦慮しています。もちろん、僕もその一人です。
いづれも、部分から全体を定義しようとする点で、似たようなレベルなのですが、愚かしさの度合いは、言うまでもなく。

定義

さて、こうした認識を持ちながらも、本エントリーでは、ある1つの側面から、コンサルティング・ファームの実態を表現することに、挑戦してみようと思います。少しでも、真実を伝えられれば、との思いです。
僕の持つ、「虚業」か、「実業」かの定義は、次のとおりです。

報酬の対価として、
クライアントにとっての価値(バリュー)を
生み出しているか、否か

「価値(バリュ−)」という言葉に、すべてが集約されています。
価値は、誰かの主観に依るものです。したがって、コンサルタントが、自分は報酬に見合った価値を、クライアントに提供している、という自負のある場合には、「実業」である、と判断して良いと思います。一方で、過去にコンサルティングを受けたものの、対価に見合う価値を感じられなかった人が、コンサルティング・ファームは「虚業」である、と判断することは、当然だと思います。
また、この定義でいくと、典型的な「虚業」の例は、自己資金を運用して、短期売買で0.1円のサヤを抜くようなことを指します。誰かの金をかすめ取って、利益を生み出していますが、価値を生み出していないからです。こうした行いは、一般的に、市場の流動性を高める価値や、株主への価値がありますが、それは"クライアント"への価値ではありません。僕は、そう考えます。


この定義に則った上で、僕個人の見解は、

少なくとも、自分の関わったコンサルティング案件は、「実業」であった

ということ。
裏を返すと、案件ベースで見れば、同一ファームが「実業」にも「虚業」にも成り得る、という考えになります。
なぜならば、コンサルティングは、"クライアント"に価値(バリュー)を評価してもらえなければ、ノー・バリューだからです。

「バリュー」という考え方

ここで、価値=バリュー、という独特の考え方について。
先日、大ヒット御礼、No2.炎上エントリの"2009-01-10 「コンサルの面接で「74冊読みました」と言ったら「それは何がすごいの?」と返された」件について"を大幅に加筆・修正しました。学生時代に勢いで書いたものを、冷静に整理し直した程度で、論旨はそのままです。
そこで、

コンサルっていうのは、自分がいくら凄いと思っても、相手に評価されなければ、バリューゼロなんですね。

と書いたことに、多くの反響がありました。
内訳は、「アホか。」という反応が大多数で、「参考になった。」という反応が少数でした。僕自身は、当時、学生の身で、そこまで説得力を持って語ることができずに、忸怩たる思いでコメントを眺めていたのを覚えています。
3年目のいまとなって、その考えは「確信」に変わっています。


クライアントから価値を認められなければ、お前は、ノーバリューだ。


至極当然の理屈で、プロフェッショナルとして、最初に、体の芯まで叩き込まれる態度です。
クライアントからしてみれば、会社全体で必死に生み出した利益を、1人1日働くだけで、何十万円もするようなサービスに投資している訳で、そりゃ真剣です。コンサルタントの立場としてみても、UPorOUTのリスクを取って、睡眠時間削りながら、脳みそ振り絞って、競争環境の中で戦っている訳で、そりゃ死に物狂いです。2-3日本気で悩めば、白髪も生えます。(文字通り、「命」を削っています。ホントに。。。)
こうしたプロフェッショナルとしての独特の辛さは、なかなか他では味わえません。*1
たから、「バリュー」という概念も、一般に理解しづらいものだと認識しています。僕自身も1年目は、「バリューって何だ?」と自問自答し、悩み続けました。
一言で言ってしまえば、


「バリュー」とは、お客さんが価値と認めるもの、すべて。


バリューある発言。バリューある紙。バリューある動き。なんでもokです。
よく同じ『士(サムライ)』稼業と言われる、医師、弁護士の方々を例にとると分かりやすいかもしれません。

  • 医師だったら、「患者を直せなければ、お前は、ノーバリューだ」と言われているのに等しいです。
  • 弁護士だったら、「敗訴したら、お前は、ノーバリューだ」と言われているのに等しいです。

ただ、ここで、

  • コンサルタントは、「会社の経営を立て直せなければ、お前は、ノーバリューだ」

とはなりません。

  • コンサルタントは、「クライアントから価値を認められなければ、お前は、ノーバリューだ」

です。


あくまで、同じ行いが価値と評価されるかどうかは、クライアントの期待値次第だからです。クライアントの期待値が、「会社の経営を立て直すこと」であれば、前者も成り立ち得ます。(現実的に、そこまでお手上げの会社は皆無です。そういう意味で、非現実的な、意味のない表現と言えます)
特別であること、を自慢したい気はさらさらありません。
皆さんが思っている以上に、「バリュー」という概念は、経験してみないと理解できないよ、ということです。

プロフェッショナルとしての要件

何度か、“プロフェッショナルとして”という表現を使いました。本blogでは度々登場する表現です。
上記のような、バリュー・ベース思考ができること、が“プロフェッショナルとして”の要件です。


「バリュー」の考え方に基づくと、たとえマネージャーに褒められたスライドでも、お客さんに刺さらなかったスライドは、ノーバリューです。逆も然りです。評価基準を、100%他人に置くことは、非常にシビアな生き方です。しかも、クライアントは1人ではありません。利害の異なる、複数のお客さんを相手にすることが常です。彼ら全員を満足させ、価値を認めてもらうことは、もの凄く険しい道程です。


クライアントにとっての価値、を考え抜き、少しでも価値を認めてもらおうとする努力を追求してゆくと、必ず「自責」の意識が習慣づきます。「自責」ができる人は、成長し続けると言われます。一方で、「自責」のできない人、つまりは、すぐ「他責」に逃げてしまう思考の人は、成長が止まる、と言われます。これは、誰にでも当てはまる経験則だと思います。
成長できない人を、プロフェッショナルとは呼べません。
したがって、バリュー・ベースの思考が、プロフェッショナルとして必須のものなのです。

最後に

コンサルティング・ファームは「虚業」か?「実業」か?

という問いに対して、クライアントへの価値(バリュー)という切り口で論じてきました。
コンサルティング業界に関しては、守秘義務のお陰で、世間に情報が正しく伝わらず、巷では様々な憶測からステレオタイプな妄言・妄想が広く流布しています。普段、クライアント先でも、初めてコンサルタントと仕事をする人が大半で、誤解を受ける場面が多くあります。
「外資コンサルって、冷徹な人ばかりだと思っていたけど、アツイ人が多いんですね」
「ここまで真剣に当社のことを考え、悩んでくれるんですね。誤解していました」
「○○さんと、一緒に仕事ができて良かったです。非常に勉強になりました」
などなど、ご一緒させて頂いた方々からの有り難い言葉を頂くことも、しばしば。
それだけ謎に包まれた業界、企業ですが、本物は、厳しいプロフェッショナル・コードの中で、日々、切磋琢磨し合っています。
単なる妄想で、虚言を広めることをする人を見る度に、心を痛めると同時に、一部の真実が含まれる事実も噛み締めています。
願わくば、御社がコンサルティング・ファームを選ぶときには、本物に出会うことを祈っています。

参考ブログ

  • 他人への貢献度が高いか、否か

実業や虚業は、どれぐらい他人に貢献しているかで決まると思う。
より多くの人に、より大きな貢献をしていると実業度が高い。
より厳密に言えば同じ会社・同じ仕事でも貢献度に応じて実業度も違うのだろう。
(略)
「虚業だな。」といわれると、心の中で、「有難うございます。」とつぶやく。
虚業で結構。虚業万歳!

虚業万歳! - 戦略コンサルタント - Yahoo!ブログ
  • 自分で出来るか、否か

コンサルは虚業である。なのに何で偉そうなのか?なんで儲かっているのか?
偉そうかどうかは別として正直コンサル業界の収益性は悪い。
じゃあ、誰が設けているのか?それは実業と虚業の間にある業界である。重要なポイントは「自分でもできるか?」。

虚業と実業の間 - 経営戦略コンサルの洞窟
  • 成果に再現性があるか、否か

コンサルタントは「似た」事例をたくさん自身で経験し、また社内に事例が豊富にあることが強みなのだ。戦略を練る、業務改革を行う。
これらのことは、日常の定型的な仕事ではなく、Client内でのノウハウがない。そのうえ、戦略・計画とは机上にて立案するものであり、
経験したことのないことを実行した際に噴出するであろう問題を事前に想像するのは、かなり難易度が高いのである。
コンサルタントの付加価値はここにある。全く同じ事例というものはない。しかし、他社事例やコンサルタント自身の経験をもって、似た事例を基にしながら、勘所をおさえたプラン作りができるのである。

HiRog コンサル不要論
  • 後に引き継ぐ人のことを、考えた仕事をしているか、否か

コンサル会社でも「実業」をしている人もいれば、事業会社でも「虚業」をしている人もいる。両者は何が違うのか。
私に言わせれば、それは「後を引き継ぐ人のことを、どれだけ考えた仕事をしているか」に他ならない。
(略)
仕事には終わりは無い。終わりが無いから続ける責任がある。そして続ける責任があるからこそ、使命があるからこそ、仕事なのである。
「実業」をするためには、自分の後に続く人のことを真剣に考えなければならない。そのためには、物事には常に全力投球であり、常にコミットし、常に真摯に取り組む姿勢が必要である。目先のことだけを考えていてはいけない。かといって、あまりにも茫漠とした遠い将来を夢見ていてもいけない。

http://www.gaishi-consultant.com/gsblog/index.php?categ=17&year=2010&month=5&id=1095434564
  • 価値が発生する"場"がサービス提供の場か、否か
  • 価値の測定ができるか、否か

一方、コンサルティングは"戦略"という名前のついたぼやっとした何かを提案することでサービスが提供されます。でもクライアントがその戦略を実行して利益を増やしたりコストを削減したりして初めてその価値が発生します。
サービスが提供される"場"≠価値が発生する"場"
(略)
もう一つ、そもそも価値があるのかどうか見えずらい、測定しずらい、というのも理由かもしれません。コンサルが提案して、クライアントがそれを実行して利益が増えたとしても、それがその提案内容によるものなのか、それとも他の要因によるものなのかが見えないことが多いと思います。

http://tkitayam.seesaa.net/article/108613968.html
  • 実行するか、否か

船井総研はコンサルティング会社であり、我々の業務は「虚業」であるといえます。情報を収集し、付加することにより価値を生み出しいく職業ですので農業・漁業などの一次産業とは違い、物質的に「何か」を生み出すことはありません。ただし、その「虚業」と認識している分、「実業」に強い存在意義を感じております。
(略)
我々のチームでよきうお付き合いさせている旅行業界も「虚業」であります。「旅」という現象をお客様にプロデュースし、対価を得ている産業であるということは間違いありません。

http://www.funaisoken.co.jp/site/column/column_1182961365_3587.html
  • 作業内容を秘密にするか、否か

実業と虚業の差を本当に感じました。
虚業というものは実体が分からないのです。
ですから、正確な事柄は、世の中に出てこない。
いや、正確な内容を知れてしまうと、自分達のビジネスができなくなるのです。
(略)
コンサルタントの仕事は、基本的に「仮説を立てて、検証すること」に過ぎないのです。
そのことを、難しく言っているに過ぎない。
基本的動作は、普通のビジネスマンと同じなのですよ。
しかし、そのことを秘密にしています。
なぜならば、数ヶ月で数千万の報酬を受け取るためには、
実際の作業内容を知られては困るからです。

http://consulclub.jp/?tag=%E4%B8%8D%E5%A4%89%E7%9A%84-%E6%B3%95%E5%89%87
  • 成果が形に残るか、否か

虚業のコンサルタントとは、
成果が形に見えない、数字に残らない、継続しないものです。
(略)
それに対して、実業型コンサルタントは、
成果を形に残し、数字に残すので、
お客さんは、継続して何度もそこのお客さんになってくれます。

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*1:実業の辛さも同様に、味わえないと思います。