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ignorant of the world -散在思考-

元外資系戦略コンサルタント / worked for a Global Management Consulting Firm in Tokyo

プロフェッショナリズムについての所感

thinking

「コンサル」ってワードでTwitterを定点観測していると、xxコンサルというのが巷に溢れているのがよくわかる。でも、その多くが知識をアービトラージ(ナレッジを切り売り)しているだけのようにしか見えない。
経営コンサルだけがコンサルであると言うつもりは、毛頭ないし、高度な専門知識が顧客にとってのバリューになるような領域もあるだろう。OXFORDの英英を見ても、「consult」=give information,expert knowledge,adviceみたく書いてあるので、本来的には正しい使い方なのかもしれない。


ここからはもう、職業観や人生観になるのだけれど、プロフェッショナリズムなき単なる知識の布教なんて誰でもできることを、わざわざ「コンサル」なんてカッコよく言うことに、まったく価値を見出せない。名前なんてどうでもよい。
僕自身、仕事中はその会社の人間になったかのように考え、振舞い抜く。業者じゃない。
本質を考え抜き、顧客にとって本当に意味のあるアウトプットを出すことだけを、一心不乱に考え尽くしている。時に、耳に痛い話もするし、組織の力学を上手に使いながら寝技で押し込む場合もある。地べたを這いつくばるように、泥臭い知的格闘技だと捉えている。
PJ中に「当社」とか「わが社」という言葉を平気で連発している。クライアントメンバーによっては、最初に混乱するようだ。どっちの話?と確認される場面に多々出くわした。
「仕事」という言葉も使うのに抵抗がある。別に仕えているわけでなく、×与えられた、○自ら課した「使命」だととらえて動いているから。そして、そこに、自分だからこそのバリューを感じ、少なからず、誇りを持って日々PJワークに取り組んでいる。


一般的に世の中では理解されにくい業界かもしれないけれど、世の中の誤解を少しでも解けるような、発信力のあるトップレベルのコンサルタントになりたいものです。


(注)ネーミングすることのメリットを理解していない訳ではない。ただ、自称「コンサルタント」の酷いアウトプットを目の当たりにし、顧客に相談された経験も幾度となくあり、日頃から「コンサル」という陳腐化したネーミングに疑問を感じていたものを、感情に乗せて文章にしてみたまでです。拡大解釈はご遠慮ください。